見解:映画の都 ハリウッドの壁

オピニオン:日本人がハリウッドで活躍するために心得ておきたいこと

ハリウッド俳優 松崎悠希氏

 
ハリウッドを目指してアメリカへ旅立つ日本人の方々がたくさんいます。
そんな彼らの成功と失敗の分け目は何か、とハリウッドで活躍中の松崎悠希氏にお訊きしました。
大作『ラストサムライ』『硫黄島からの手紙』『ピンクパンサー2』『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』と次々に出演が続く松崎氏。
「運が良かった」と謙虚で、ハリウッドという競争の激しい場にいながら寛容で、その実態と成功への鍵ともいえるインサイダー的な情報を惜しまず応える彼に、映画『ペイ・フォワード 可能の王国』(原題: Pay It Forward)のイメージが重なるのです。

映画『ペイ・フォワード 可能の王国』の中で、「世界をよりよく変えるためには何をしたらいいだろうか?」と先生に言われ、ある中学生が始めた運動を「ペイ・フォワード」と言います。これは、自分が受けた親切な行為を、その相手に返すのではなく、まったく別の三人に、善意の行為をなすというものです。

日本では、「恩送り」といわれているそうですが、古くから知られていたこの行為もあまり見なくなった昨今でしたが、東日本大震災という未曾有の歴史的災害において表された多くの人々の好意・善意には心うつものがありました。
被災地の応援にも参加する松崎氏の、ハリウッドの壁に対する考え、それを打ち破る為に必要な心構えを語ったインタビュー第二弾です。

Photo Courtesy of Yuki Matsuzaki

ハリウッドには、日本俳優がたっっっくさんいます。たっっっっっくさんいます。2回言いました。たっっっっくさんいます。3回言いました。
演技力とは別のところでつまづき、夢を諦めたり、無念のまま帰国せざるを得なくなってしまう、ハリウッドの日本人の進出を阻む壁は、具体的には3つあります。

一つ目の壁、ビザ

ハリウッド映画に出演するには、労働ビザが必要になります。俳優用のビザはO-1ビザと呼ばれるものですが、通常のケースのお話をしますと、日本で経験の無い俳優が渡米してきてこれを取得するには、約4年の歳月と、3年間の学費、そして約50万円のビザ申請費用が必要になります。細かく書くと、以下のような流れです。

1年目:
渡米してきて、語学学校に入り、英語を死ぬ気で勉強する。
2年目:
2年間の「労働許可」を出してくれる演技学校を見つけ、そこに入学する。入学して9ヵ月後に「労働許可」を申請するまでの間に、プロとして通用する演技力を身につける。
学生映画や、報酬の発生しない映画などに多数出演し、「俳優としての履歴書」を充実させる。
俳優の名刺であるヘッドショット(顔写真)を撮影し、その裏に履歴書をホッチキスで留め、俳優をオーディションに送り出してくれるエージェントを見つける。
3~4年目:
いよいよ手に入った「労働許可」を手に、エージェントと連携し、プロとしての活動を始める。

ここで、日本人俳優は運命の時を迎えます。
ここまでの4年間の出演作品で「プロとしての証明」をしなければ、俳優としての労働ビザである「O-1ビザ」は手に入りません。この証明に失敗すると、ビザが無くなり働けなくなるので、八方塞がりになります。ハリウッド俳優を目指し渡米された方々の役半数がここで諦め、日本に帰国します。では残りの約半数はビザが取れたのかというと、そういうワケではありません。ビザが取れるのは、ほんのごく少数なのです。
そして、こういう風に苦労して「O-1ビザ」を取得したらそれで安心かというと、そうではありません。大作映画やテレビドラマに出演する際、映画会社やテレビ局は俳優の持っている「O-1ビザ」を拒否する事が数多くあるのです。僕自身、これまで何度と無く「拒否」されてきました。僕がこれまで出演した大作映画では、そのほぼ全てで「O-1ビザの取り直し」という、もの凄く無駄な作業をさせられました。この手続きの際、制作会社は、手続き費用に約35万円支払わなくてはなりません。ですから、あなた自身に35万円分の価値が無いと判断すると、容赦なく切ってきます。僕自身、つい最近これが理由で切られました…。
そして、いよいよあなたは大作映画のオーディションに辿りつきます。写真選考もあわせると、一つの役のオーディションに募集する俳優の数は数百人です。…しかし、キャストされるのは、たったの一人だけ。これが、ハリウッドのオーディションまでの道のりです。

2つ目の壁、金

俳優業は、何かと金が掛かります。名刺代わりの「ヘッドショット(顔写真)」の撮影だけでも

撮影費用 約3万円、プロメイク 約1万円、デジタル修正 約1万円、印刷費用 約1万円、オンラインオーディションサイト、画像アップロード費用 約1万円

と、どんどんお金が飛んでいきます。…でも、ハリウッド映画に一作品出演すれば、大金持ちだ!とは思ってはいませんか?それは、大きな間違いで す!です!です!です!重要な事なので、エコーをかけて強調してみました。ハリウッドの大作映画に1年間に一本出演し10日間働いた…と聞くと、 凄いように聞こえますが、給料は約70万円です。そこから税金と、エージェント費用を抜くと、手取りは約35万円です。35万円で1年間生活でき ますか…?俳優は基本的に日雇いです。俳優組合に所属している俳優の日給は約7万円です。撮影が長引くと、週給契約になります。週給は約21万円 です。撮影がもっともっと長引いて、20週間以上の契約になると、全契約期間の週給が下がって、週給約16万円になります。手取りは約8万円です。ハリウッド映画の給料は、実はそんなもんなんです。
ただし、印税が入ります。ハリウッドでは、俳優の演技が著作物として認められているので、契約以降の二次使用(DVD販売やダウンロード販売)の収入から印税が入ってきま す。印税は、売り上げと役の大きさに比例します。
では、話を戻します。映画に出演しても儲からない俳優は、どのように生き延びているのか…、それはCMへの出演です。CMは印税の額が桁違いなのです。アメリカ全土で放映されるCMに出演すると、撮影が1日で、印税が300万円という世界です。ただし、それだけに競争は苛烈を極めます。 CMに出演できるかどうかは、天国と地獄の分かれ道です。
このように、俳優業は収入が安定しません。しかし、毎月の家賃は重く、重くのしかかってきます。日本人であるというだけで、前に書いたビザの申請 費用などが掛かってきますら、俳優はどうにかして節約しなければ、とてもじゃないですが、やっていけません。僕自身は、家賃を最低限(1万3千 円)に抑え、車庫を改造してそこに住み込む事で、なんとか乗り切りました。

3つ目の壁、英語

英語力は、アメリカにおけるあなたの信頼度を決めます。これは、逆の立場で想像するとよく分かると思います。
 「チョットー、オ時間、頂けますカー?」
 「ちょっと、お時間頂けますか?」
あなただったら、どちらを信頼しますか?
英語が喋れないと、監督の指示も分からないので、オーディションでも現場でも信頼されません。キャストされません。そして何よりも、演技に多大な る影響を及ぼします。
ハリウッドが「日本人」の役を募集する時、大きく分けて2つのケースがあります。

Photo Courtesy of Yuki Matsuzaki

 一つ目は、日本での興行収入を狙って日本人をキャストする場合。
 二つ目は、単に日本人のキャラクターが登場するから、日本人をキャストする場合。

一つ目のケースの場合、ハリウッド在住の日本人俳優がキャストされる可能性は、ほぼ無いと見て間違いありません。日本での興行収入を狙ってキャス トするのであれば、当然日本のスターの方々をキャストしたいと思うのが自然だから
です。
しかし二つ目のケースの場合は、チャンスが生まれます。セリフが英語だったりすれば、なお更です。英語を喋れる事が、大きなアドバンテージを持っ て来るのです。ただし、勘違いしてはいけないのは、製作サイドが日本人を探しているのには「理由」がある、という事です。製作サイドは、そのキャラク ターが日本人であって欲しいと思って、日本人を募集しているのです。ですから、その役のオーディションでアメリカ人と同じ流暢な英語で喋っても、 絶対に キャストされません。なぜなら、そんな英語が流暢な日本人を使ってしまうと、キャラクターが日本人ある必然性を失ってしまうからです。それだったら、英語が下手なままで良いのではないか、と思われるかもしれません。しかし、ここがトリッキーな所なのですが、製作サイドは、「本当に英語 が下手な日本人」よりも、「本当は英語が喋れるけれど、アクセントを自由自在に調節できる人」を選ぶ傾向があります。それは本当に下手な英語だと、観客や 視聴者が全く理解できない英語になってしまうからです。つまりアクセントを調整するスキルが求められているのです。ピンクパンサー2で僕に要求されたスキルは、まさにこれでした。完全な日本訛りの英語に聞こえながらも、セリフを一度聞いただけで意味が理解できる、というアクセントの調整を求められたのです。

渡米する日本人俳優の多くは、しばらくして英語の勉強を止める傾向があります。日本人の枠を超えてアジア系の役を取るために超えなければならない 「英語 壁」が分厚すぎて、心が折れてしまうのです。「どうせどんなに努力しても、絶対に英語だけはマスターできない。」これが口癖です。僕自身は、英語の壁をぶち破りたいと思っています。

松崎氏が先日のインタビューで言われた、ハリウッドにおける東洋人の位置、日本人に対するイメージを変えるためにも、もっとたくさんの日本人がハリウッドで成功してほしいものです。
日本人はお互いが助け合うことによって色々な分野で成功してきました。その精神を忘れず、少ないパートを足を引っ張り合い競うのではなく、皆が揃ってお互いを持ち上げ、ポジションを確定していくことが必要かと思われます。
そのためにも松崎氏が言われた壁を越える、または突き破るよう、多くの日本人俳優のみなさんに頑張っていただきたいです。
その時が、舞台を「ネオ東京」から「ネオマンハッタン」に変えなくてもいい時、と言えるのではないでしょうか。
 

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