インタビュー:野口孝雄氏 ドリームワークス・アニメーション

インタビュー:海外で活躍する日本人

ドリームワークス・アニメーションでキャラクターデザイナーをしている野口孝雄氏

 
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二年半前ドリームワークス・アニメーションからの誘いを受け、ソニーピクチャーズ・アニメーションから移籍された野口氏は、大ヒット作『ヒックとドラゴン』が素晴らしかった理由のひとつに貢献したデザイナーの一人.
彼がデザイン作業を担当したドラゴンのナイトフューリー「トゥース」は、アニメーション映画史上人々の記憶に残る大人から子供まで愛されるキャラクターのひとつになるでしょう.
2012年3月アメリカ公開予定の『Croods』という映画の製作で忙しい彼にインタビューしました.

Photo courtesy of Takao Noguchi

映紹: 『ヒックとドラゴン』の映画では、どういう事を担当されたのですか?

野口: 監督を務めたクリス・サンダースとディーン・デュボアの要望は、主人公の「ヒック」の設定年齢を少し上げ、個性的なデザインが欲しいという事と、「トゥース」の躍動的な飛行シーンを実現するため、他のドラゴンとは異なったキャラクターデザインが欲しい、という事でした.
『ヒックとドラゴン』のリード キャラクターデザイナーであるニコ・マレー(Nicolas Marlet)以外にも、複数のデザイナーがこの作業に参加し、いくつかの提案をしたのです.
そんな中、私が提案した「ヒック」のデザインを監督が気にいってくれたことで、「トゥース」のデザイン作業も担当することになりました.

映紹: 「トゥース」のデザインは、どういう風に生まれて、どのように変化したのですか?

野口: 監督の要望は、映画の中の「トゥース」は、原作の本に出てくるようなとても小さなドラゴンではない事.また、そのドラゴンは、バイキングたちに恐れられる存在であると同時に、「ヒック」を乗せて自由に空を飛び回ることができ、親しみを感じられるデザインにしたいとの事でした.
そこで、他のドラゴンが爬虫類をベースにデザインされているのに対し、「トゥース」は哺乳類を感じさせるデザインを心がけました.ハイエナや、狼といった怖さを感じる動物を参考にして、哺乳類の特徴でもある耳のデザインを取り入れようとしましたが、体の他のパーツとのバランスをうまくとることができず、苦労しました
そこでを思い出したが、ウーパールーパーです.彼らのエラは外に飛び出ており、そのエラを動物の耳に見立ててデザインに取りこみました.
また、エンドリケリーと呼ばれる古代魚の幼魚には特徴的なエラがあり、そのデザインも参考にしています.このエラを閉じているときは、爬虫類的な表情をみせ、エラを耳のように立てる事で哺乳類の親しみやすさを表現することができていると思います.
耳(エラ)を立てた状態の「トゥース」は、ネコのような仕草の表現を可能にし、愛嬌のあるキャラクターに仕上がったと思っています.
体の大まかなフォルムは、私が小さい頃、近くの田んぼで捕獲する事ができたアカハライモリをベースにしています.
体に比べ、大きい手足に大きな爪をもたせ、恐れられる存在であることを強調しました.
また、飛行時に流線型のシルエットを確保するために、腹部を少し凹ませることで、大きい前足はそのへこみに密着させることがでます.
後ろ足は、細くなった尻尾のあたりに密着させる事ができるようデザインしています.
胸の中央部分は飛行艇の水面にあたる部分のように、少しV字になるようにしてあります.
そして、他のドラゴンよりも飛行能力が勝っていることをより強く印象づけるため、尾の付け根にはもう一組の羽根をデザインの中に組み込んでいます.これは、ジェット戦闘機”F−14トムキャット”の可変翼やトビウオのヒレの構造などを参考にしています.
また、ストーリー上、「トゥース」はケガをし、飛行不能になるとの事だったので、その事が見た目で判りやすく伝わるように、飛行機の水平尾翼の役割をする大きなヒレを尻尾にもたせ、その片方を欠損させるというデザインをしてあります.
こういったデザインを監督が気に入り、アニメーターのサイモン・オットー(Simon Otto)とリード キャラクター・デザイナー、ニコ・マレー(Nicolas Marlet)が世界観を統一できるよう微調整を加え、最終的に映画に登場するトゥースに仕上がっています.

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映紹: お仕事の内容をわかり易く説明していただけますか?

野口: 映画の企画段階から監督や脚本家と話し合いをし、キャラクターをデザインをしています.
最初は落書きのようなものから始まり、とにかくたくさんのアイデアを出して行きます.この段階では最終的なデザインとは全くかけ離れたものや、時には、わざと、あり得ないデザインを提示する事で、その方向性を確認しながら最終的なデザインに近づけて行きます.
こうして出来上がったデザインはモデリングという行程に受け渡され、アニメーションの制作がなされて行きます.

映紹: 『ヒックとドラゴン』を制作中、一番楽しかった事、有意義だった、又は手応えが合った事、そして、一番大変又は辛かった事は何ですか?

野口: 楽しかった部分は自分の体験をそのデザイン作業に反映させる事ができた部分だと思います.監督とほぼ毎日話し合いをする事で、納得のいくデザインが出来上がったのも、とても有意義な経験だったと思います.
日本のアニメーションが好きな監督だったので、私の体に染み付いている日本的デザインの要素が良い方向に働いたと思っています.
主人公の「ヒック」と「トゥース」以外の殆どのデザインは、リード キャラクター・デザイナー、友人でもあり尊敬するデザイナーでもあるニコ・マレー(Nicolas Marlet)のデザインであり、私を含めスタジオの多くの人は彼のデザインのファンでもあるので、彼が築いて来た世界観を損なわないかどうかとても心配していました.しかし、最終的に彼が微調整を加える事で他のキャラクターになじませる事ができたと思います.

映紹: アメリカの会社で日本人として仕事をするという事は、どういう事でしょう?

野口: あまり”日本人”として仕事をしている感覚はもっていないというのが正直なところです.
現在の職場にはフランス、中国、韓国、イタリア、スペイン、ドイツ、インド、カナダ、アルメニア、他にも様々な国から来た人が仕事をしています.沢山の文化、人種、が入り交じったなかで、私はその1要素でしかないと思っています.
もちろん日本語、日本文化が私の本質の部分を構成していますので、仕事をする時にその部分が有利にも働いたり、不利にも働いたりする事が有るのかもしれません.しかし、それを気にしたところで、私自身を変える事はできないと思っているので、何も考えずに与えられた仕事に真剣に取り組むようにしています.
常にベストを尽くしてその仕事をこなして行けば、うまくいけば嬉しいし、失敗しても、後悔をする事はないはずなので、どんな仕事も、手を抜く事なく、最後まで力を出し切ってやっているつもりです.

映紹: 日本とアメリカのアニメーション、アニメーション映画の違いは何でしょうか?

野口: アメリカでも受け入れられている良いアニメーション作品そのものは、私自身それほど違うとは思えないというのが本音です.
ドラゴンボール、ポケモン、遊戯王、ナルトといったアニメーションはアメリカでも人気アニメになっています.それらのアニメーションを見て育った世代が、現在アメリカでアニメーション制作をしています.
現在の職場でも、スタジオジブリ作品はとても人気があり、私はもちろん、『ヒックとドラゴン』の両監督も宮崎駿監督の大ファンでもあります.
日本、アメリカとも目指している良質のアニメーションは、同じようなところに有ると思っています.
ただ、その制作体制はストーリーボード(絵コンテ)の段階で大きく違います.
アメリカでは監督の指示の元、複数のストーリーボードアーティストが脚本を映像化する部分を担当するのが普通ですが、日本ではこれを監督本人がすべて担当してしてしまうこともあるというところです.これには信じられないくらいの才能と労力が必要であり、この過程がアメリカと日本のアニメーション映画の最大の違いになっているように思われます.一人の人間の作品として作り上げるか、チームで作品を作り上げるかという違いです.チームで作る場合はより多くのアイデアが集まり、沢山の人に好かれる作品にしようと努力します.一人の作品として作る場合は、その個性が強く、好き嫌いが別れやすい作品が作られる可能性があります.こういった作品は、アメリカで作られた物とは違う魅力をもっていると思います.

映紹: アニメーションに関わる仕事をしようと思ったきっかけは?

野口: 小さい頃からものを作ることや分解する事が大好きだったので、家中の時計をバラバラにして怒られたり、一日中絵を描いたり、粘土で遊んでいたりするような子供でした.
祖父が水墨画を書いていたり、焼き物で有名な町がすぐ側にあったので、将来何かそういった物を作るような仕事ができたらいいなぁと漠然と思っていました.インテリアデザイナーに憧れた時期もありました.ただ、止まっている絵より、動いている絵のほうに興味が移り、8ミリカメラで撮影をしてみたり、パラパラ漫画を描いたりということを趣味でしていましたが、まさかそういったことが仕事につながるとは思っていませんでした.
大学の授業でコンピューターを使ってグラフの作成をすることがあったのですが、少しずつ数値を変えて行くと、そのグラフがアニメーションになって行き、それまで忘れていた感情が戻って来た感覚がありました.
コンピューターを使ってアニメーションを作っている会社に就職するという選択肢につながったのは、この時の授業のおかげかもしれません.

映紹: お好きなアニメーションは? アニメーターは?

野口: 『未来少年コナン』『となりのトトロ』など宮崎駿監督作品.
『アルプスの少女ハイジ』『フランダースの犬』などの世界名作劇場作品.
『うる星やつら』『ルパン三世』『ガンダム』『エヴァンゲリオン』『FLCL』『東京ゴッドファーザーズ』『十兵衛ちゃん』『攻殻機動隊』『ノイズマン』『マインドゲーム』『鉄コン筋クリート』『時をかける少女』等たくさんありすぎて数え切れません.
これらの作品に参加されているすべてのアニメーターの方々を尊敬しています.

映紹: 素晴らしいアニメーションの作品に共通する物は、何でしょうか?

野口: 良いアニメーション作品は、観終わったあと元気になったり、それまで気が付かなかった物に感謝するようになったり、何か目標を見つけたり、自分の人生に影響をあたえるような作品であり、その中に登場したキャラクターたちが、実在している人たちの記憶のようにずっと残っていると思います.

映紹: どういう事がお仕事のインスピレーションになっていますか?

野口: 日常生活のなかで、何か気になる、人とか、動物、物などがあります.その気になるものが、なぜ気になるのか考えているうちにイロイロな事を想像してしまいます.そういった想像が、後でしらずらず仕事に反映されているように思います.

映紹: 『ヒックとドラゴン』を観る方へのメッセージはありますか? この映画を通じて一番伝えたい事は?

野口: 解り合えなかった物同士が、お互いを良く知る事でその存在がとても大切なものである事を知る、そう言った自分たちの生活の中にも存在する出来事を描いていると思います.
見終わった後、皆さんの心の中に、『ヒックとドラゴン』がずっと残り続けて、その事を伝え続けてくれたらと願っています.
元気になれる映画です.是非観て下さい.

映紹: 将来アニメーション映画に携わりたいというひとにアドヴァイスはありますか?

野口: 現在一緒に仕事をしている人たちは、そのほとんどの人がアニメーションだけを勉強した人たちでは有りません.アニメーション以外の知識や経験、趣味などが最終的にアニメーションの仕事に活かされているように思います.
絵を描く事はもちろん大事ですが、沢山の人と話したり、本を読んだり、旅行をしたり、アルバイトをしたり、様々な経験をして下さい.
それらはアニメーション作品をつくる上での大事な基礎体力の一部になります.

将来、日本のアニメーションスタジオと協力するような企画をやりたいと思っていらっしゃる野口氏.
時間を見つけては映画にしたい話も書いているという才能ある彼の活躍を楽しみにすると同時に、海外に羽ばたき頑張っている彼を応援したくなるインタビューでした.

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