スピーチ:アカデミー作品賞を受賞した『アルゴ』の監督ベン・アフレックに学ぶ

日本で大ヒットした人気映画『テッド』(原題: Ted)で一躍有名になった(監督・脚本・製作・テッドの声)セス・マクファーレン(Seth MacFarlane)。
多才な彼が司会の第85回アカデミー賞は昨年よりも高視聴率を得た。
過激なテレビ・アニメーション『ファミリー・ガイ』(Family Guy)の作者でもあるため、彼のジョークが度を超えるのではないかと懸念されてもいたが、彼にしてはマイルドと思えるジョークは始まりから終わりまで多くの人々を不快にする事に成功したようだ。

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今回は、ミュージカルがテーマで、『シカゴ』(原題:Chicago)のキャサリン・ゼタ=ジョーンズ、『ドリームガールズ』(原題: Dreamgirls)のジェニファー・ハドソン、そして『レ・ミゼラブル』(原題:Les Misérables)のオールスターキャストによるパフォーマンスが披露され会場が賑わった。

昨年と違いプレゼンターの紹介も受賞者のスピーチもいまひとつであったが、ユーモアと誠実さをミックスさせた主演男優賞受賞者ダニエル・デイ=ルイス(Daniel Day-Lewis)のスピーチがひときわ輝いていた。

一方で、作品賞受賞作品『アルゴ』(原題:Argo)の監督・製作・主役を務めたベン・アフレック(Ben Affleck)の受賞スピーチは考えさせられるスピーチだった。

 
 


 
 

スピーチ全文【英語】

Thank you very much.
Thank you very, very much.

感謝の言葉を繰り返し何度も言ってしまう彼のうれしさが伝わってくる。

I know eventually that thing is going to start quickly so please forgive me if this is a little bit quick.

同じく製作に関わったグラント・ヘスロヴ(Grant Heslov)が、マイクに一番初めにたどり着いたアフレックを押し戻す。
ヘスロヴが先にしゃべり始め、たくさんいろいろ言い過ぎて制限時間の多くを使ってしまったため、アフレックは早口で話さなければならなかった。
ヘスロヴは監督賞にノミネートされなかったアフレックを正式に監督としても紹介するために自分が先にしゃべったと言っていたが、自己顕示欲の表れともとれる長さだった。
空気の読めない奴だ、後ろに紳士的に控えているジョージ・クルーニー(George Clooney)を見習えよ!と密かに思っていた人たちはたくさんいたであろう。

I want to acknowledge Steven Spielberg, who I feel is a genius and a towering talent among us.

プレゼンターにミシェル・オバマ(Michelle Obama)をホワイトハウスから中継するなど、スティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督の『リンカーン』(原題: Lincoln)が予想されていた事が伺われる。
監督賞を逃し驚きを隠せないでいたスピルバーグは作品賞も受賞できず、この褒め言葉をどう受け取めていたのだろうか。

I want to acknowledge the other 8 films, there are 8 great films, who have as much a right to be up here as we do.
I want to acknowledge them for what they did and thank them and many of them who didn’t even get nominated this year.

監督賞にノミネートされずがっくりきていたアフレックだったが、『ザ・マスター』(原題:The Master)のポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)『ゼロ・ダーク・サーティ』(原題: Zero Dark Thirty)のキャスリン・ビグロー(Kathryn Bigelow)『レ・ミゼラブル』(原題: Les Misérables)のトム・フーパー(Tom Hooper)『ジャンゴ 繋がれざる者』(原題: Django Unchained)のクエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)も同じく監督賞にノミネートされていないことに気づき、立ち直ろうとしたらしい。

I want to thank Jack McNiece, Jerry Speck, Marty Brest and my brother and my mom and dad and Patrick Whitesell and Tony Mendez, who let us do his story.
Thank you.
I thank you everyone in the movie, on the movie, worked on the movie, did anything with this movie gets thanked.
I want to thank Canada.
I want to thank our friends in Iran living in terrible circumstances right now.

すべての人々の名前を言うのはたいへんなので、これはうまくまとめたと思った。
カナダへの感謝の言葉はバックストーリーがあるだけに政治家にむいたアフレックならでは。
イランにいる人たちを「友」と呼び、彼らを思いやる言葉も良かった。

I want to thank my wife who I don’t usually associate with Iran.
I want to thank you for working on our marriage for 10 Christmases.
It’s good.
It is work but it’s the best kind of work and there’s no one I’d rather work.

このスピーチの部分で妻のジェニファー・ガーナー(Jennifer Garner)との不仲説が浮かび上がる事は予想できた。
こういう正直なところはかえって好感が持てたし、ガーナーの顔色を変えず終始「うん、わかっているわ」と答えるようなかわいらしいスマイルが何とも言えずよかった。
これがジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)だったらそうはいかなかったであろう。
後に、アフレックはあちらこちらで彼の妻に対する不動の愛を語り直さなければならなかった事は言うまでもない。

 
 


 
 

And I’d just like to say, I was here 15 years ago or something and I had no idea what I was doing.
I stood out here in front of you all and really just a kid.

子供の頃からの親友マット・デイモン(Matt Damon)と共同で書いた1997年作品『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(原題:Good Will Hunting)の脚本で第70回アカデミー脚本賞を受賞。
今回の作品賞は約15年ぶりということになる。彼は25歳であった。

I went out and I never thought I would be back here.
And I am, because of so many of you who are here tonight, because of this Academy, because of so many wonderful people who extended themselves to me when they had nothing to benefit from it in Hollywood.
You know what I mean, I couldn’t get them a job.
I want to thank them and I want to thank what they taught me, which is that you have to work harder than you think you possibly can.

ハリウッドはシビアな世界だ。確かに仕事をもらえない相手に見返りを気にしない行為がどれだけ存在していたのであろうか。
映画の興行的成功と失敗を繰り返し、私生活でもスキャンダルに事欠かなかった彼に手を差し伸べたのはどういう人たちだったのだろうかと想像してしまう。
もうこれ以上は無理、もうできないと思うレベル以上より努力、自己の限界以上に頑張らないといけないというのは、どのフィールド(分野)の仕事でも言えること。
なかなかそれができないから人それぞれ成功するかしないかに差が出てしまうのかもしれない。

You can’t hold grudges.
It’s hard but you can’t hold grudges. 

「恨んじゃいけない。むずかしいけど、根に持っちゃいけないんだ」
こんな素直な告白スピーチがあっただろうか。
人間性丸出しのこの正直な言葉に思わず聞き入った。
今回監督賞に選ばれなかったアフレック、芸能人生成功と失敗の波が激しかった彼だからこそ、前へ進むための秘訣のようなこの言葉には重みがある。

And it doesn’t matter how you get knocked down in life because that’s going to happen.
All that matters is you gotta get up.

「どんなふうに打ちのめされたなんて関係ない。人生そういうことはあるんだ。
大切なのは起き上がる事なんだよ」

アフレックも何度も心が折れそうになりあきらめかけたのかもしれない。
しかし、投げ出す事なくこの言葉を身を以て示している。
『七転び八起き』(ことわざ・故事)の精神とよく似通っている。
ただ”how”という言葉を使っているところが興味深い。
ハリウッドならではのドロドロした部分もたくさんあるのだろう。
子役からスタートしたアフレックは、彼が子供の頃にした苦労から自分の子供たちには俳優の道を勧めたくないと言っている。

人間、失敗したりミスったりドジる事がある。
落ち込んだり、暗くなったり、情けなくなったり、くじけそうになったりする。
元気が出なかったり、悲しかったりもする。
もう疲れた、ダメだ、立ち直れない、何もかも嫌だ、などとひどく投げやりな気持ちになったりもする。

アフレックのスピーチと似たサイレント映画時代に活躍した女優のメアリー・ピックフォード(Mary Pickford)の名言も紹介したい。
“What we call ‘failure’ is not the falling down but the staying down.”
「’失敗’とは、転ぶ事ではなく転んだままで起き上がらない事を言うのです」
状況や尺度は違えど、心情はわかるものだ。

Violet, Sam and Sera, this is for you.

ヴァイオレット(娘、2005年生)セラ(娘、2009年生)サム(息子、2012年生)の三児の父親らしいまとめであった。

 

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